表紙へ戻る> 
 
歴代の事業をご紹介します。
データの投稿先は 水産部会メーリングリスト jc-suisanbu
kai@egroups.co.jp

【1965年9月24日 横浜にて産声を上げる】 
【誕生前夜、そして設立へ】 日本青年会議所水産部会(=JC水産部会)は、社団法人日本青年会議所(日本JC)の業種別部会として、1965年9月24日、横浜で産声を上げた。この日は日本JCの全国大会が横浜で開催され、全国のJCマン4300人が参加した。参加者の中には、長崎の古野氏、福岡の伊藤氏、神戸の藤堂氏、富山の追分氏、下関の石原氏(故人)、村上氏、稚内の瀬戸氏、波間氏、豊橋の佐藤氏をはじめとする設立時の発起人メンバーの顔があった。 この全国大会の夜。参加した水産関係のメンバーが集まり盃を交わしながら、水産業の未来に夢を馳せた。

この横浜での誕生の夜を前にして、水産部会の誕生に向けた布石となるエピソードがあった。  横浜の夜から遡ること3年の1962年。水産部会の誕生に向けたストーリーが始まる。 当時の日本JC会頭の古市実氏が、JC世界会議に出席し帰国後、国際経済交流委員会を組織し韓国、台湾、沖縄(当時は米国の占領下)との経済交流事業を提唱した。その後、日本JCの歴代会頭に引き継がれ、1965年になって、ようやく古市氏の提唱した国際経済交流委員会が日本JCに組織され、古市氏の構想が実現した。初代委員長は東氏(神戸)。そして副委員長に就任したのが、古野氏だった。古野氏は翌年1966年に委員長に就任する。  

国際経済交流委員会は、「アジアは一つ、世界は一つ」をテーマに相互理解を深める交流事業を活発に行うなど、一気に事業が進んでいく。古野氏のアイデアや行動力が国際経済事業で大いに発揮された。と同時に、この時の委員会のメンバーには、後に水産部会誕生の主要なメンバーになる神戸の藤堂氏、福岡の来栖氏が名を連ねていた。

この国際経済交流活動を通して、若手水産人が互いに友好を深めていくことになり、この水産人交流の輪の拡大が1965年の横浜の夜へとつながっていくことになる。

【1966年 石原昭ニ部会長(下関JC)】  【1967年 石原昭ニ部会長(下関JC)】 ______________(このページのトップに戻る)
1966年総会は下関の山陽ホテル__________________________1967年総会は下関の山陽ホテル

【輝く未来の海へ出航の年】  横浜の夜を経て、日本青年会議所に提出する定款の作成など、水産部会の本格的活動に向けて準備が進められる。定款案作成は、古野氏が担当した。定款案作成には実は隠れた功労者がいた。後日談として古野氏が披露した話しによると、この定款案を草案したのは、古野氏の経営する古野電気鰍フ当時の社長室長、篠原氏だったようだ。

 定款作成を進める一方で、初代部会長の選任も大きな仕事だった。古野氏は、この年(1965年)の日本青年会議所「最優秀Jaycee賞」を個人として受賞。また水産部会の実質的な母体としての役割を果たした国際経済交流委員会での古野氏の活躍からも、「初代部会長は古野氏に」と、古野氏を推挙する声が設立メンバーの間で強かった。  こうした声に対して、古野氏は「部会長は漁業会社のオーナーが適任」であることを主張し、当時、下関を基地にして以西底引き網漁業を行っていた協栄水産の石原昭二氏を強く推した。石原氏は国際経済交流委員会とも関わりが深く、特に日本JCをはじめとするさまざまな韓国との経済・文化交流事業を通して、古野氏とは長年の朋友だったいうことも大きかった。

 設立時のメンバーであり、1973年の第8代部会長を務めた稚内の大菅雄一郎氏は、「設立に力を入れられ、私達がたいへんお世話になったのが古野さんで、石原さん達と力を合わせて設立された部会だと強く記憶しています」と、石原氏と古野氏の二人三脚で水産部会の土台つくりが進められたことを鮮明に覚えている。  定款の作成を終え日本JCに提出、初代部会長に石原氏が決定し、横浜の夜から約3ヶ月後の1966年の年明け早々、JC水産部会は日本青年会議所の正式な業種別部会としてスタートした。

【杯を交わすことこそが、部会活動!?】  この初年度の事業計画ならびに設立時の会員メンバー等を記述した資料は残されていない。というよりも、メンバー間の交流自体が事業になっていたようだ。全国各地の港が水揚げに沸く時代であり、水揚げ量が前年を上回る右肩上がりで、「過去最高の水揚げ」にお祝いがてらに各地で交流会の名の下で、杯を交わすことは度々だった。 各メンバーともJC事業としてはロムが主体だったようで、「ロムでJC事業を、水産部会では飲む」という状況が続いた。昼は勉強会と情報交換、そして夜は徹底的に飲み、遊ぶという水産部会の伝統は、確実に今に受け継がれているが、設立時は、まさに海の男としての荒々しさが今以上に強く漂っていた。  当時のメンバーの記憶によると、初代、2代の部会長を務めた石原氏の地元下関で、総会を開いたようで、場所は下関市内の山陽ホテルだった。当時のメンバーは漁業会社、漁網をはじめとする漁業関連の資材・装備・機器の会社が多く、水産加工業、水産流通業の企業関係者は、まだ少なかったようで、漁業生産を主体に総勢30人を越える所帯だった。  水産部会が本格スタートした1966年。

漁業の国際化が進展していく中で、水産部会メンバーがいかに「国際的」だったかを知る逸話がある。この年、古野氏は日本JCの国際経済交流委員会の委員長に就いていた。この委員会で韓国と音楽を通して文化交流を行うことを計画、古野氏自らもこの年、韓国を幾度も訪れたがこの文化交流事業で訪韓中、部会長の石原氏の会社の漁船が韓国に拿捕されるというニュースが飛び込んできた。文化交流事業の訪韓団には古野氏をはじめ何人かの水産部会のメンバーがいたことから、韓国側との打ち合わせを「日本の水産関係者が、拿捕に対する抗議にきた」と誤解され、日本JC本部には、「水産部会のメンバーが韓国で逮捕された」との誤報が伝わるまでに発展した。  もちろん、誤解であること、また逮捕が誤報であることはすぐに解り笑い話のような話だが、当時の韓国と日本と関係、さらに当時から日本JCでは水産部会のメンバーは「国際派」として認知されていたということを知るうえで興味深い逸話だ。  


【1968年 堀埜豊治部会長(富山JC)】 
nondata
______________(このページのトップに戻る)
札幌部会開催(inわかまつ 1968/10/4)

【1969年 田中丸福男部会長(名古屋JC)】 nondata
【1970年 波間健二部会長(稚内JC)】 
nondata

【1971年 田坂哲男部会長(下関JC)】 
nondata
______________(このページのトップに戻る)
気仙沼部会

沼津部会

【1972年 奥井弘部会長(富山JC)】 nondata______________(このページのトップに戻る)
設立当初の「部会長は漁業会社のオーナーが適任」とする不文律は、初代、2代の石原氏、3代部会長の堀埜豊治氏に引き継がれるが、4代部会長の田中丸福男氏で様変わりする。田中丸氏は漁網関係の会社を経営していた。この田中丸氏から、部会活動に対する熱意と情熱が「適任」の大きなウェートになってくる。

石原氏時代の山陽ホテルでの総会や、1968年の堀埜氏時代の札幌での部会など、毎年、各地で会合が開かれていたいが、田中丸氏の部会長時代から、定時総会 常任委員会、部会など名称は定かでなかったが定期的な会合を持つようになり、水産部会の事業として、その体裁や体制が逐次整備されるようになった。

また運営にあたる事務局も明確に設営されるようになって、会員メンバーはロムでのJC活動と水産部会の活動をこなすとともに、ロム活動よりも水産部会の活動に注力するメンバーも見られるようになっていく。1971年の6代部会長の田坂徹男氏の時代には、事務局体制がすでに整い気仙沼、沼津などで部会を開催している。

【1973年 大菅雄一郎部会長(稚内JC)】 ______________(このページのトップに戻る)

私は水産部会設立時からのメンバーでした。設立に力を入れ、お世話していただいた方々で忘れられないのが古野清賢さんです。

初代、2代目部会長の故石原さん達と力を合わせて、創立された部会だと強く記憶しています。 当時の日本の水産業界(私は漁業会社)は、何もかも破竹の勢いで隆盛を極めていた時代でありました。

北の北洋漁業から南のまき網漁業、カツオ・マグロ漁業と、すべて好業績を納めておりまして、日本全体の水産関連企業が好況の中で、推移していました。

そのような中で、部会活動での想いでは、初代部会長の故石原さんが、当時農林水産大臣でした故安部晋太郎氏を講師に招聘してくださって、日ソ交渉について話しをしていただいたことです。

また、三保造船所の見学もありました。時はズレますが、古野電気さんの工場見学の折りに、現シニアメンバーの古野清賢さんの実兄で、当時の社長の古野清孝様の経営理念の一端をお聞きして感銘したことも記憶に残っています。

【1974年 竹内彰一部会長(清水JC)】 nondata
【1975年 田岐中正治部会長(下関JC)】 
nondata

【1976年 菅野啓吾部会長(陸前高田JC)】 
nondata
______________(このページのトップに戻る)

【初めての危機 PCBショック!】 1960年、1970年代は漁業生産が沿岸から、沖合へ、そして遠洋へと拡大基調で発展し、漁業の盛隆期となったが、こうした一方で、沿岸域には高度成長による重工業の波が押し寄せ、海洋汚染という暗の部分がクローズアップされていく。特に60年代後半からは海にとどまらず、日本列島が公害で蝕まれていく時代を迎える。 水産物の消費に大打撃を与えたのがPCB問題だった。1973年6月11日、東京都のPCB環境汚染調査で東京湾の魚介類から暫定規制値を超えるPCBが検出され社会的問題としてクローズアップされた。PCBは有機化合物の一種で、現在では代表的なダイオキシンとして知られ、1973年に第一種特定化学物質に指定され、製造、輸入、使用が禁止されている。 1971年から全国で汚染調査が実施され、東京湾をはじめ瀬戸内海、さらに黒潮にのって太平洋沿岸域を北上するカツオからも検出。1974年には宍道湖のシジミが高濃度に汚染されていることが判明し、高濃度汚染水域のシジミが埋め立て廃棄処分になるなど深刻な事態に直面することになる。 当時は連日のように新聞紙上で魚介類のPCB問題が取り上げられ、それはまるですべての魚介類にPCBが蓄積されているかのような印象を国民に与える結果となり、「魚を食べると危ない」という風評にまで発展する。 終戦後から高度経済成長期に至るこの時期、水産物は国民生活を支える米とともに、最も重要な食料として位置付けられ、また供給量、消費量ともに急激に伸長していた。PCB問題は、水産業界にとってまさに未曾有の出来事であり、それは「魚離れ」という言葉さえも生み出した。魚介類の買い控えが続く中で1973年、政府はPCB汚染魚に対して、被害救済のための緊急金融措置を決定する。同時に水産業界は、「魚離れ」に歯止めを掛けるために、社団法人大日本水産会、全国漁業協同組合連合会、大手水産会社が中心になって、おさかな普及協会を設立(後、1977年にはおさかな普及協議会になる)。 「獲れば売れる」というこれまでの漁業は、「安全性をアピールしないと売れない」へと転換していく、そのターニングポイントになったのが、1973年のPCB問題だった。 水産部会のメンバーも、魚離れ阻止に向けて東奔西走する。ただ、水産部会としてまとまった全国的な活動へと発展するのは数年後になるが、確かに、この当時は、「値段もでない。いや、値段どころか売ろうにも売れない」という非常に厳しい状況に直面し、「目の前の事に対処するのが精一杯」だったというのが本音であっただろう。特に川下に近い水産加工、卸売市場など流通関係のメンバーの会社経営には大きな打撃を与えた。  水産業界がはじめて経験したこの「魚離れ」を契機にして、水産部会は国に向かって、そして国民に向かって自らの意思を訴えていくために活動し、提言する団体へとステップアップしていくことになる。特に創生期とも言える66年から77年の10年間に水産業に押し寄せたさまざまな出来事が、その後の水産部会の運営に与えることになり、「魚離れ阻止」は、水産物流通や水産加工に携わる部会長達の手によって、全国を網羅する一大魚食普及キャンペーンの展開へと発展していくことになり、設立時の水産業の未来に夢をはせる若い情熱は、脈々と受け継がれていく。

【1977年 三島 泰部会長(広島JC)】 ______________(このページのトップに戻る)

私が日本青年会議所水産部会部会長に就任したのは1977年度であり、この年は 200カイリ問題が急浮上した年でした。  

水産部会メンバー全員が危機感を持ち、東京品川パシフィックホテルに、当事の安部晋太郎農林水産大臣を講師に迎えて、200カイリ問題を取り上げ、パネルディスカッションを行いました。これは、部会はじまって以来の最大のイベントになりました。出席者150人でした。当事、私が部会長といっても、水産部会設立時のメンバーも皆様ご健在で、 大きな費用がかかることであり、大変気を遣いながら企画したことを懐かしく思い出しております。  

部会活動を行っていくには、まず基盤がしっかりしないといけないということであります。部会にとっての基盤とは、それは即ち人であります。部会発展のため是非、会員拡大を図り、内容のある活動をおこなっていく事を切望します。

【1978年 秋山晃一部会長】______________(このページのトップに戻る)

3月4日 第2回常任委員会 定時総会 東京 「ホテルニュータニ」。出席者27人 委任状45人

5月11〜13日 北海道地区の会員拡大をめざして、会員拡大キャンペーン旅行。釧路、根室、小樽、札幌の各JCロムを訪問

6月23日 第3回常任委員会 札幌 「札幌プリンスホテル」。出席者27人 オブザーバー3人。
勉強会として、北海道漁業公社の池田社長が講演し、パネルディスカッション。テーマは「200カイリ問題と日本の漁業の将来」

8月4日  第4回常任委員会 長崎 「ホテルニューサガサキ」 出席者14人。
勉強には会員24人の他、地元長崎JCのメンバー27人も参加。
水産庁大臣官房総務審議官の松浦昭氏が「水産業の諸問題と今後の展望」  をテーマに講演。講演途中から参加者が増え出し、総勢160余人なった。

9月17日 第5回常任委員会 東京 「ホテルニューオオタニ」。出席者14人       
勉強はソ連大使館のグレゴレンコ氏を予定していたが、風邪のためキャンセル。このため、古野氏の提唱で「国民に魚と米を食べてもらう運動」キャンペーン討論とし、事業活動について話し合った。

【1979年  佐藤鉦太郎部会長】 ______________(このページのトップに戻る)

3月14日 第2回常任委員会 定時総会と第一回例会、東京パレスホテル26人、オブザーバー4人出席
★ 会費未納者処分については、「催促については部会長に一任、猶予期間後退会勧告」に決定。
例会では水産庁漁政部水産流通課課長補佐の中根義秋氏を招いて勉強会

6月2日  第三回常任委員会 八戸パークホテル、第二回例会、勉強会について打ち合わせ。
★魚食キャンペーンポスター見本3種を作製し、協議した。JC会館の建設の件は部会長に一任した。
勉強会は海洋圏研究所の小網王(さんづいのついた王)世所長が「水産都市における魚食普及の問題点」をテーマに講演。講演後も魚食普及について熱く討論した。

8月26日 第4回常任委員会 串木野市の「さのさ荘」。水戸市での業種別大会(9月24日)と第4回例会(大洗、9月23日)について協議。
部会報発行について(古野君)。次年度部会長の件(金子君を予定)。JC会館の債権購入について。       
第3回例会・勉強会 串木野市の「さのさ荘」。出席32人。オブザーバー1名       
部会長より新規会員募集及び部会報について報告。福島君より八戸の魚食キャンペーンについて報告。
後、各地の水産業の状況について、岩村君(八戸) 、近藤君(焼津OB)、川端君(長崎)、三島君(広島)、井川君(焼津OB)、泉君(高知)、岡本君(波崎)、清水君(焼津)、木下君(西尾)、宮本君(八幡浜)より報告。       
勉強会は、元水産庁長官(前海外漁業協力財団理事長)の荒勝 巌氏が 「200カイリ時代における海外協力」をテーマに講演。       
勉強会には串木野JCのメンバーの協力によって、串木野市長、各種団体、水産業関係者ら約90人が参加し、盛大に行われた。

9月23日 第5回常任委員会 茨交大洗ホテル 第4回例会および臨時総会の議案、運営について協議。       
第4回例会・臨時総会 出席した22人 オブザーバー茨城県漁連の出沼浅吉氏他1名       
臨時総会では、次年度部会長に金子原二郎氏(長崎)を決定。
その後、各地の報告として、今村君(串木野0B)、結城君(長崎)、泉君(高知)、川崎君(水戸)、八木君(焼津OB)、井川君(焼津OB)、加藤君(豊橋)、佐藤君(焼津)が行った。
勉強会はカスミストア社長の神林照夫氏が講演した。

【1980年 金子原二郎部会長】______________(このページのトップに戻る)

3月22日 第1回常任委員会 西宮市の古野電気渇議室      
総会に提出する事業方針、予算、行事日程承認の件 。総会および部会 出席者23人 委任41人、オブザーバー8人 秋山君を顧問に。      
席上、古野電気鰍フ古野社長より、水産部会の発展を期待するあいさつがあり、
勉強会は水産庁参事官の田辺隆一氏が「200カイリの諸問題について」講演した。

5月17日 第2回常任委員会 部会 富山県宇奈月ニューオータニホテル      次回部会開催を9月13日、仙台に決定      
大阪世界大会にあわせて11月8日に、業種別部会大会開催の説明があり。      
北海道地区にある業種別クラブについて説明あり・浜木君(釧路)      
第2回例会の打ち合わせ      
引き続き、勉強会に入り、日本水産鰍フ清水元一常務を講師に招いて、「これからの水産業について」をテーマに流通問題、日本人の食生活、漁業形態の変化などについて、長年の経験を下に講演。現場経験にもとづいて、迫力があった。      出席者28人 オブザーバー11人。      
前日の5月16日はは突然の衆議院解散 7月5日 第4回事務局会議 9月13日の仙台例会の打ち合わせ(梅美津で)

9月13日 第3回常任委員会と部会 仙台の精養軒      
部会長ならびに直前部会長から「国民に米と魚を食べてもらう運動展開中の現況報告」      
大芳先輩から「200カイリと減船経営合理化の問題」      
鈴木先輩から「魚食普及運動として大衆魚が学校給食に取り入れられた話」があり、
勉強会では社団法人大日本水産会の佐々木輝夫専務(元水産庁次長)を講師に招いて、「200カイリその後の諸問題」について講演。      
米国のブロー法案やソ連との今後の漁業協定などについて多年、水産行政の第1線で貴重な体験と識見に基づく話は有意義だった。参加者37人

11月22日 第4回常任委員会 部会 臨時総会      ニュー長崎ホテルで。      
次年度部会長に池田一春氏(新川)を決定 。「大変だ、危機だ、といっても仕方ありません。今こそ、的確な情報を身につけ、自ら積極的にものごとに対処し、失敗を恐れることなく確信をもってたゆまず努力することではないでしょうか」      
報告事項として、@水産部会報への寄稿依頼A水産部会員に会員証としてタイピンを配布B会費未納者への督促などがあり、議事終了後にはパネルディスカッションを開催。      
テーマは「長崎県の漁業について」      
パネラー            講演テーマ      
長崎県水産部長   小松秀氏「長崎県の水産業について」      
長崎県水産部理事  藤岡昭治氏      
長崎魚市且ミ長   坂田正文氏 「長崎魚市について」      
日本遠洋底曳網漁業協会副会長 浜崎直之氏「以西底引網業界の現状」      
長崎県旋網漁業協同組合 組合長 津田醇一氏 「長崎の旋網の現状」      
長崎県漁業協同組合連合会専務 中村一馬氏 「長崎の沿岸漁業の実態」      
5氏の講演後、金子部会長の司会で、パネルディスカッションを行い、新長崎漁港の問題、特に輸送の問題について活発な意見を交換した。      
終了後、料亭「二見」へ車を飛ばす。活け魚料理に舌鼓を打ち、打ち上げ懇親会を開催。2次会はクラブ「ムーランルージュ」へ。再度車を飛ばす。当夜は、長崎の夜のムードも最高に盛り上がり、3、4、〇〇次会へ。参加者24人

【1981年  池田一春部会長】______________(このページのトップに戻る)

4月11日 第1回常任委員会 部会 日本青年会議所会館401号室      
総会提出の事業方針 予算案、行事日程を承認      定時総会 出席24人委任32人      
総会終了後、講演会      講師 東京水産大学 中井 昭氏 テーマ「食料安全保障と水産業」      
水産から生む食料を今後、安全保障の立場からとらえた講演の中で、我々水産に関わる者の使命を再認識させられた。

7月26日 第2回常任委員会 部会 大阪第1ホテルのわかくさの間      出席者19人 オブザーバー2人      
講師 近畿大学農学部助教授 倉田亨氏      テーマ「転換期にたつ水産業界」      
獲る漁業から売る漁業に転換すべきだ。付加価値を高めること、行政は現場(漁業の実態や業界を)本当は知らない。魚はなれを叫ぶよりも魚の希少価値(健康上からも)PRすべき
古野、石川両先輩より、講演評(久々に何か得るものがあった)

10月3日 第3回部会 鹿児島県青少年会館視聴覚室 出席者22人 オブザーバー2人 
ドキュメント映画「男たちの海」を見る。映画技師 串木野JC(市会議員)福田清宏氏      
サンロイヤルホテルで業種別部会の集いに参加。 
分科会の講演テーマ「明日の日本を考える」、サブテーマ「我々はどのように受け止め、対応するればよいのか」講師牛尾治郎氏      
業種別部会閉会式 懇親会に出席      
その後、日本JC全国会員大会大懇親会に合流。(薩摩焼酎、さつまオゴジョに酔い痺れた人もいたとこ、いないとか)

11月28日 第4回部会 総会 粟津温泉「ホテル雲井」 出席者24人 オブザーバー? 
講師は海外漁業協力財団の大場敏彦理事長      テーマ「国際漁業の現状と将来」
長年の体験、色々な国際漁業交渉など経験の上にたった各国の漁業の実態や、日ソ、日ソ漁業協定や交渉、各国の合弁の可能性などについての講演は有意義だった。会員の中には、もう少し具体的にとの要望もあった。

【1982年 部会長 足利 健一郎(気仙沼JC)】 ______________(このページのトップに戻る)

7月12日銀座 東劇ビル 水産庁長官松浦昭氏を迎えて「水産行政の現況と今後の展望」 と題した講演会

9月11日 臨時総会 菊谷茂彦(下関JC)を決定

10月1日 第3回常任委員会  神戸のグリーンヒルホテル 出席者35人 オブザーバー2人 JC全国大会に合わせて 水産部会を開催       
次年度日本JC業種特別委員会出向の件で見崎君(焼津JC)を決定       
海外研修旅行を1983年5〜6月頃に実施する方針で準備に入る
討論会を「水産業界各地区の現況と将来展望」をテーマに

10月2日 日本JCの業種別部会員の集い、伊勢の伊勢パーク。水産部会より10人が出席

11月27日 第4回常任委員会 部会 仙台 東洋館 打ち上げと大懇親会 出席者22人 
海外研修について、東欧 5月末頃の実施決定       
講演 財団法人国際科学技術博覧会外事部 外事第2課長 堀 武昭氏

【1983年 菊谷茂吉部会長】______________(このページのトップに戻る)

4月13日定時総会及び第1回常任委員会 部会。神戸のグリーンヒルホテルで。会員数72人 。出席者26人 オブザーバー1人(現会員15人、委任状25通 OB11人)      
講演は「舶用電子機器とマイクロコンピューター」講師は杉山暁氏

5月30日 海外研修(東欧)延期(希望者定員に満たないため)

7月22日 第2回常任委員会 部会 水産・畜産合同部会      東京 ホテルオークラ 出席者21人      
講演テーマ「気象」 高沢 成男氏      講演テーマ「ワイン」桑原 為男氏

9月10日 臨時総会 次年度部会長に島守義昭君(八戸JC)決定

9月30日 第3回常任委員会 部会 八戸市 八戸パークホテル   出席者31人 オブザーバー33人
講演「八戸の水産業について」 講師は八戸市長の秋山 皐二郎氏

11月26日 第4回常任委員会 部会 福岡 三光園 出席者21人 オブザーバー1人  今後の水産部会の運営について

【1984年 島守 義昭部会長】 ______________(このページのトップに戻る)

2月25日  第1回常任委員会 部会 東京築地「冶作」 。総会提出議案の承認の件        

定時総会 4月7日   第2回常任委員会 部会 長崎 京華園 。
勉強会 ビデオによる「西日本の大型巻網漁業」について 。長崎JCの川端宏明君        
ビデオによる「以西底曳網漁業」にちて 長崎JC浜崎昭君

6月30日 第3回常任委員会 部会 八戸パークホテル       
講演 「低成長時代を生き抜く3つの方策」 。講師 扇谷 正造氏(元朝日新聞編集長、ジャーナリスト)
地元八戸の経済界関係者も出席し、300人越す聴衆でにぎわった。

7月15日〜19日 水産部会海外研修 台湾 台北・高雄 。参加者17人

8月25日  臨時総会 八戸パークホテル。結城洋一君(長崎JC)を次年度部会長に決定。
イカ類セミナー 講師 北海道立釧路水研の中田 淳氏 。講師 八戸水産加工連合会  川門前 善春氏

10月3日 第4回部会   水産部会OB会第1回定時総会 ホテルオークラ
講演  安倍晋太郎外務大臣 佐野宏哉水産庁長官

11月24日 第5回部会   仙台秋保温泉  ニュー水戸屋。1984年度事業報告案、その他

【1985年  結城洋一郎部会長(長崎JC)】______________(このページのトップに戻る)

6月15、16日 第2回常任委員会 部会 焼津市 焼津鰹節会館      出席者53人      
講演「鰹・鮪について」 鰹エキス本舗村松商店 村松善八社長      
同「水産物の新製品開発」      静岡県工業技術センター技官 本杉 正義氏      
水産施設視察:焼津魚市場、滑ロ川養魚場 マルイゲタ「生利節工場」、 且R松水産「超低温冷蔵倉庫」 潟}ルミ食品「鮪・鰹加工場」

8月10日 臨時総会 神戸ポートピアホテル。次年度部会長に見崎 成君を決める。      
20周年記念式典 神戸ポートピアホテル      出席者63人。歴代部会長に感謝状・記念品の贈呈      
講演「うそと誠」 江戸家 猫八

12月1日 第3回部会 長崎料亭「一力」。出席者31人 20周年記念式典のビデオ上映

【1986年 見崎部会長(焼津JC)】 ______________(このページのトップに戻る)

3月8日 第1回常任委員会 神戸の「三輪」      定時総会 出席者29人 委任状39人      
研修会 「神戸・明石視察」 。兜コ庫六甲アイランド冷蔵庫。イカリスーパー夙川店。神戸市漁協。明石地方卸売市場(市場では朝食会ならびに仲卸関係者と懇談)

4月19日 第2回部会 出席者26人 魚津市「喜多館」       
魚津研修 魚津水族館 スーパーサンプラザを見学 。河内屋蒲鉾の河内一雄氏が米国すり身報告、20日 翌日はホタルイカ漁を見学

6月22日 第2回常任委員会 松島「一の坊」。第3回部会 出席者34人       
講演「釧路の鮭」 尾崎英利氏   23日 研修会 塩釜市場 塩釜仲卸市場 ヤマトモ水産食品梶@を見学。塩釜神社参拝

9月21日第3回常任委員会 釧路市「釧路パシフィックホテル」      臨時総会 次年度部会長に小山修司君(気仙沼JC)を決める      
第4回部会 出席者29人       講演 「釧路の漁業」 布施 正氏   
22日 鮭定置網を見学(残念ながら台風のため欠航)       
昆布森漁協 有限会社丸万尾崎漁業部見学       
朝食会 マリントポス 金井漁業褐ゥ学       
その後、希望にそって、白糖町の広洋水産/摩周湖 屈斜路湖を見学

11月21日 広島研修   鰍じかん 足利社長の講演と工場見学    
22日 翌日は広島魚市場褐ゥ学と朝食会、米田海産鰍フカキ養殖工場、工場見学        
一路福岡入りし、福岡研修。鰍ゥねふく 明太子工場見学、
第5回部会を福岡市 「稚加栄」 出席者45人    
23日 大宰府天満宮を参拝 昼食会

【1987年  小山修司部会長】 ______________(このページのトップに戻る)

1月23日  京都会議(業種別運営会議)   
 28日     事務局スタッフ会議

2月7日   引継ぎ会議 東京
 10日  スタッフ会議(予算案・事業案作成)   
 16日  スタッフ会議(総会打ち合わせ)

3月14日  定時総会   東京        

5月2日   スタッフ会議(部会打ち合わせ)   
 16日  第2回部会  神戸

9月5日   第3回部会  仙台

11月7日  スタッフ会議(部会打ち合わせ)

12月4日  第4回部会(次年度部会長承認) 東京  

【1988年  柳谷 利通部会長】 ______________(このページのトップに戻る)

2月27日 常任理事会  ホテル東京海洋会館       定時総会       
講演 水産庁漁政部企画課長 上木 嘉郎氏

5月9日  スタッフ会議(海外研修打ち合わせ)  
 24〜29日 海外視察研修(タイ・シンガポール) 。マハチャイ魚市場 エビ養殖場 マグロ缶詰工場 すり身工場 冷凍食品工場 焼き剣先スルメ工場 ブロイラー工場 冷凍マグロ工場などを視察した。

7月23日  常任理事会 東京の笹川記念会館        
第3回部会  講演会 「産業を変える技術」 潟Tンエム 竹葉晃氏

9月30日 全国会員大会 業種別運営会議  高知県。柳谷部会長 鍼田腹部会長 武輪氏が参加       
第4部会と臨時総会魚竹本店で       次年度部会長に鍼田氏を決定

【1989年  鍼田祐平部会長】 ______________(このページのトップに戻る)

3月 4日  総会 神戸ポートピアホテル 出席者37人        
講演 倉田亨 近畿大学教授「90年代の水産物流通を考える」

5月12日 スタッフ会議 第2回部会 岐阜県 「長良川ホテル」       
講演 倉田亮氏(滋賀県琵琶湖研究)「世界における海洋汚染の現状と魚類への影響」

9月26日 スタッフ会議 第3回部会(臨時総会) 長崎 ニュー長崎ホテル       出席者37人       
講演 講師 潟}リン技研社長 「旋網 以西底曳について」       次年度部会長に福田氏を承認

11月11日第4回部会 東京赤坂プリンスホテル 出席者17人       
講演 講師:西島栄作氏(全鮭連会長)「我が国漁業をめぐる最近の国際環境について」

【1990年 福田部会長】______________(このページのトップに戻る)

2月24日   総会 大阪「ホテルプラザ」 出席者34人         
講演ならびにパネルディスカッション。テーマ「多様化する消費動向と今後の消費動向について」         
パネラー  神戸海産物  原 和也社長 、灘神戸生協  永見 猛係長、東村徳太郎商店 段中 光雄常務

4月21日   25周年記念式典。横浜 「インターナショナルプラザホテル」 出席者28人。         
講演 元プロボクシングミドル級チャンピオン 輪島功一   「腕一本で未来を開く」   
22日   マイカル本牧「フィッシャーマンズワーフ」見学

5月17日   アスペック タイ国 チェンマイ、チェンマイプラザホテル   〜19日  ビジネスセミナー ビジネス交流プラザ         
青野哲也氏(焼津JC) 山本英二郎氏(広島JC)出席

6月13日   漁船協会関西支部 講演会出席 福田部会長 石原OB 古野OB出席

6月23日   静岡部会 静岡タウンホテル魚与 出席者21人         
講演会 「八百半商法探る」  八百半商品部 部長 鈴木 悟氏   
24日   東海大学海洋博物館見学

7月21日   大阪経済人会議(業種別運営会議) 福田部会長出席

9月 1日   仙台部会  東洋館 出席者29人  
「うわさの巨大金魚・バイオメイトとは」 東北空調管理梶@庄司社長

12月1日   博多部会 博多グリーンホテル 出席者17人         
「最近の中国水産事情」 みなと新聞社 見原常務
12月2日   九州活魚センター見学

【1991年 飯島康夫部会長】 ______________(このページのトップに戻る)

3月23日 定時総会 下関「大黒荘」 出席者28日       
ニチモウ下関工場見学 巻き網・底引網模型水槽実験を見学

5月9〜12日 韓国水産施設見学旅行  参加者22人     
9日  釜山ソラボルホテル集合     
10日 バスで昌原の東日冷冷凍食品轄H場見学 、忠武の中央水産梶@カキ養殖・加工場見学、屯徳水産梶@ヒラメ養殖施設見学     
11日 釜山の五洋水産梶@釜山冷凍加工工場見学     
12日 解散

9月7日  臨時総会 成田市「駿河屋」 参加者?人       
東京丸一商事鰍フ芦野常務が講演 「共産圏との貿易 合弁事業」       
新東京国際空港の輸入魚介類の搬入現場をマイクロバスで見学

11月16日 大阪部会  大阪市「センチュリークラブ」 出席者39人        
大阪魚市場梶@膳隆造会長が講演        
焼津JCの青野哲也氏が「マレーシア工場進出について」現状報告    
 17日 天保山ハーバービレッッジ「海遊館」見学

【1992年 平櫛孝夫部会長】 ______________(このページのトップに戻る)

2月22日  通常総会   福山市「福山シーサイドホテル」        
講演会 潟Nラハシ  倉橋吉敬社長 テーマ「21世紀の水産業」

7月11日  水産部会  棟虚言う        
講演会 大洋漁業竃{社(現マルハ)の安海 学課長        テーマ 「海外における漁業及び水産物取引の変遷及び今後の見通し」

9月4〜8日 タイ・マレーシア海外研修 。マレーシア ケダ州クアラケダ、シープロフード社見学        
青野氏のマルシメ21工場見学 、バンコク市マハチャイ地区のTSF、SFF、TFC、TYC社見学

11月28日 水産部会 神戸市「神戸オリエンタルホテル」        
神港魚類 ハーバーランド見学    
29日 臨時総会 講演会 若林正人テレビ朝日ニュースステーションの元キャスター 「日本の常識は世界の非常識か
!」

【1993年 松永 恵一郎部会長】______________(このページのトップに戻る)

2月20日  第1回水産部会 東京 赤坂陽光ホテル 出席者31日        
講演会 農林水産省 水産加工対策室室長 中森 光征氏 「21世紀における水産加工の役割」

5月8日   第2回水産部会   出席者14人 八戸市「八戸水産会館」        
武輪水産加工場を見学        
講演 海外大型いか出漁組合 熊谷拓治組合長(八戸JCのOB) テーマ「海外いかの現状」   
9日   八戸総合食品センター見学

7月10日  第3回水産部会  新潟 佐渡両津花月ホテル 出席者19人 。県栽培漁業センター見学        
講演会 前新潟栽培漁業センター所長 福島 徹夫氏   
 11日  大型定置網 マリンピア日本海を見学

9月18日  第4回水産部会  広島市「三井ガーデンホテル広島」出席者27人 。堂本食品渇チ工場を見学        
講演会  潟Cズミ 重広 浩常務 テーマ「食品業界の今後の在り方」   
19日   アルパークショッピングセンター見学

11月20日 第5回水産部会 焼津市「西焼津セントラルホテル」 。福一・大井川コールドストレージ見学        
講演会 焼津水産化学工業梶@ 松本圭一郎氏。テーマ「経営者としての発想」 

【1994年  田中沙苗部会長】 ______________(このページのトップに戻る)

2月26日 通常総会  東京 「東京ホテル浦島」       
講演会 浜美化推進機構実行委員会 瓜生利嗣会長。テーマ「官と民との水産業活性化について」

6月18日 第2回部会  小樽市 「小樽朝里クラッセルホテル」 。札幌市中央卸売市場見学、小樽JCメンバーと懇談会

9月3日  第3回部会  埼玉県川越市 「割烹 山屋」       

10月23日 第4回部会 氷見市 「一誉山荘」
講演会 富山県学術国際課主任専門員 小沢伊弘氏 。テーマ「これからの企業経営者」    
24日 氷見魚市場 石橋水産食品加工場見学

【1995年  溝渕 禎二部会長】 ______________(このページのトップに戻る)

大阪 古野清賢(古野電気梶@代表取締役)

大阪 【30周年】 小森嘉之(丸大食品且ミ長)、鉄本邦雄(大阪魚市場且ミ長)、小塚大三郎(轄繼}百貨店部長)

長崎

山中温泉

【1996年 蓮沼 俊一部会長】 ______________(このページのトップに戻る)

3月2日   通常総会 第1回部会  仙台市 「仙台ホテル」        
講演会 早稲田大学助教授 太田 章(元ロス五輪、元ソウル五輪の銀メダリスト) テーマ「ネバーギブアップ」   
3日   青葉化成且去@

5月13〜17日  中国(大連・上海)海外ミッション 。上海アイリス有限公司 上海ヤオハン 大連経済技術開発区など見学

6月15日  第2回東京部会  東京 「ザ・ブリティシュ・クラブ・オブ東京」        
講演会 東都水産梶@関本幸也社長 テーマ「これからの水産業」   
 16日  東京臨海副都心を視察

9月28日  臨時総会・第4回部会  姫路市「ガーデンプラザ姫路」        
講演 銀ビルストアー 大塚英木社長   
29日  日本水産姫路工場を視察

10月26日 第5回部会  福岡市 「博多東急ホテル」        
講演 鰍竄クや 矢野宣男社長 テーマ「青汁」   
27日  「博多キャナルシティー」視察

12月10日  第1回部会員大会   山口県 「大谷山荘」    
11日  藤光蒲鉾工業 仙崎漁協を視察 

【1997年 武輪 俊彦部会長】 ______________(このページのトップに戻る)

2月8〜9日  通常総会 第一回部会 。
江田島術学校 ビジネス交流会

6月21〜22日  第2回部会 東京          
講演 日本水産兜寰ミ長 垣添 直也氏 テーマ「変われ水産物流通」         
視察 新宿高島屋など

9月13〜14日  第3回部会  三沢市  第一ブロイラー三沢工場を視察

11月11〜12日  第4回部会  大阪   
講演 ジャスコ田原本店店長 堀井悟氏 テーマ「食品流通の現在と将来展望」         
潟Xイチョク舞洲流通センター アサヒビール西宮工場見学

12月5〜6日  第5回部会 広島  阿藻珍味見学   

【1998年 神戸啓蔵部会長】 ______________(このページのトップに戻る)

仕事に役立つ部会をモットーに前年のビジネスネットワークをさらに推し進めた。 会員同士の情報交換の手助けとなることを目的に「ビジネスネットワーク誌」の第一歩として、「水産部会ビジネスブック」の内容強化を図り、会員企業のPR、企業の連絡先、取扱品目などの情報盛り沢山に12月の発行を予定。

国内研修については、実地の体験による海に対する新たな思いでを呼び起こすことを主眼に事業を展開。

5月に高知でホエールウオッチング、

6月はマリンスポーツ、

そして11月には漁船体験乗船。

9月4日には、金子知事の就任祝いが長崎市の料亭「二見」で開催。 OB、現役ら45人が参加した。 会報誌(2年ぶりに発行)掲載の神戸部会長のあいさつ要約 「地球環境と水産資源の有効利用」をテーマに、「仕事に役立つ」、「楽しい」をモットーに部会活動を進める。講師の依頼ではじめて水産庁を訪ねたこと。

大分部会で「関アジ、関サバ」の本当の美味しさの秘密と、そこに至るまでの努力などを勉強させていただきました。国内研修の第一弾は、自然の海に泳ぐ鯨をみたいという発想で高知沖でのホエールウオッチングにはじまり、見るだけではなく実際に味わってみたいという思いから、鯨料理のフルコースを、そしてさらに本来の要である捕鯨問題についても真剣にとりくまなければならないとの視点から、日本捕鯨協会による講演会など、まさに鯨づくし内容でした。

1月のJC京都会議での祇園平八、

3月東京JC会館での総会では水産庁の講演。

サマーコンファレンスのブース出展では水着ギャルの熱いおもてなし。

【1999年 大塩 俊部会長】 ______________(このページのトップに戻る)

1月23日に京都の割烹「西坂」で常任委員会とシニア幹事会、部会新年会

3月20日、静岡の焼津グランドホテルで定時総会。翌21日には潟}ルシメ21のカツオ加工場を見学

7月23日 神奈川県「パシフィコ横浜」で、日本JC業種別部会運営会議主催による部会合同例会。24,25日は部会PRブースを出展

8月24日は神戸ポートピアホテルでシニア・現役合同総会。古野電気鰍フ国友社長(当時)を招いて講演会。翌25日には古野電気鰍フ三木工場を見学。

11月6日は福岡、「小倉ワシントンホテル」で常任委員会。みなと新聞九州支社の佐々木満記者が講演。懇親会では部会長バッジ伝達。 翌7日は門司レトロ地区、フィッシャーマンズワーフなどを視察。

【2000年 長浦善徳部会長】  ______________(このページのトップに戻る)

第一回部会は通常総会として、2月26日に東京都千代田区の食糧会館。講演会は水産庁国際課の木島利通課長補佐(当時)が「日韓漁業問題について」の演題で講演。懇親会は赤坂四川飯店で懇親会をおこなった。

第二回部会は部会設立35周年記念式典として行い、懇親会は社団法人漁船協会九州支部(現・システム協)との共催でおこなった。会場は福岡市中央区長浜の福岡市鮮魚市場会館。シニア会総会も行われた。記念式典は10から34代の歴代部会長の顕彰式をおこない、また当時の思いで話しや部会活動への助言をいただき、3000年紀の水産部会と日本の水産業の指針を得た(長浦部会長) 当日の記念講演は、水産庁九州漁業調整事務所の中山博文所長(当時)が「公海自由の原則から排他的経済水域の時代へ 日韓・日中漁業の関係の変遷と海洋水産資源開発センターの新たな対応例として」の演題で講演した。  漁船協会との共催による懇親会は大懇親会として、「西鉄ソラリアホテル」で盛大に開催された。当時の九州地区会長の三郎丸君もお祝いに駆けつけた。

第三回部会は、8月26,27日に大阪市都島区の京阪ホテル京橋を会場に行われ、臨時総会では次年度部会長に川北君を決定した。 当日の講演は大栄太源の久保田博社長が「海老の歴史、そして流通」の演題で行い、 懇親会は「シャトー飯店」。 翌日は神戸のカネテツデリカフーズの六甲工場、潟Aンリ・シャルパンティエを視察。

第4回部会は、11月10、11日。札幌市中央区のホテルアタッシュに集合し、小樽に移動。カネチョウ鍛冶商店を視察。懇親会はかに家札幌本店。翌日早朝から参加者全員で、札幌市中央卸売市場を視察した。

【2001年 川北公則部会長】 ______________(このページのトップに戻る)

1月20日 京都「祇園ホテル」第1回常任委員会

3月11日 東京「赤坂プリンスホテル」通常総会

5月19日  大阪「叶北」第二回常任委員会

6月9日  清水「テルサ」第二回部会

7月21日 横浜「パシフィコ」常任委員会

8月25日 米子「サンルート」臨時総会

10月13日 大阪OAP 常任委員会

11月24日 大分「全日空ホテル」第4回部会

【2002年 越河彰統部会長】 ______________(このページのトップに戻る)

1月26日 京都 弥栄会館で常任委員会 札幌かに屋京都店で新年会

3月2日  東京 ダイヤモンドホテルで総会、水産庁漁政部企画課長の今井敏氏が「新しい水産基本法について」を演題に講演。

4月20日 青森県 浅虫温泉「海扇閣」でシニア総会。全国大型いか釣り協会の熊谷拓治会長代理が「いかつり漁業の現状」を演題に講演。

8月24日大阪 割烹「湖月」で部会と臨時総会         大阪魚市場鰍フ溝上源二社長(当時)が「変わりゆく、日本の水産流通」をテーマに講演

11月9日 岡山 「ミヨシノ」で部会。岡将男氏(中国食品工業且ミ長)が「企業経営とまちづくり」を演題に講演。「かど家」で忘年会

【2003年 大倉幸也部会長】  ______________(このページのトップに戻る)

1月18日京都 京都商工会議所で常任委員会。「ぎおん梅の井」で新年会

3月1日東京 国際フォーラムで総会。農林水産省農林水産技術会議事務局の桑原孝氏が 「バイオマス日本総合戦略について」を演題に講演。

5月24日博多 財団法人福岡県中小企業振興センターで部会、シニア総会。鰍ュばらコーポレーション社長の河邊哲司氏(平成7年福岡青年会議所理事長)が「企業経営と社会貢献」を演題に講演。

7月19日横浜 横浜国際会議場でブース設営(2日間)。横浜赤レンガ倉庫2号館{BEER NEXT」で常任委員会。

9月13日神戸 神戸国際会館で臨時総会。流通科学大学の佐藤俊彦教授が「日本の小売業の現状と課題」をテーマに講演。

11月8日名古屋 豊田ホールで部会。社団法人大日本水産会おさかな普及協議会事務局長の松沢正明氏が「日本水産業の現状と未来」を演題に講演。

【2004年 森本隆夫部会長】  ______________(このページのトップに戻る)

3月6日 東京  橋本 牧(水産庁漁港漁場整備部 整備課長)、古野先輩

5月15日 札幌 河野 薫貮(潟Aーススマイル代表取締役社長)、古野先輩

9月4日 長崎 山本昭夫(料亭「一力」社長)、古野先輩

11月6日 大阪 水谷洋一(西宮冷蔵梶@代表取締役社長)、古野先輩

【2005年 大中実部会長】  ______________(このページのトップに戻る)

2月19日 銚子 40周年記念事業 全国小会議in銚子

3月5日  東京 総会

4月16日 焼津 40周年記念事業 全国小会議in焼津

5月14日 仙台 部会

6月18日 境港 40周年記念事業 全国小会議in境港

9月3日 神戸 臨時総会、40周年記念式典

10月15日 福岡 40周年記念事業 全国小会議in福岡

11月12日 札幌 部会